大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)1918号 判決 1955年10月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各懲役五月に処す。

被告人等に対し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人佐藤忠寿及び山口竜夫が、昭和二三年八月三〇日及び三一日の二回に亘り福知山市所在福知山機関区技工室休憩所において福知山管理部総務課瀬野栄一外数十名に対し、職場を放棄すべき旨煽動演説を行い、連合国占領軍の占領目的に有害な行為をしたとの点については被告人両名を免訴する。

理由

被告人等の弁護人青柳盛雄、同森長英三郎、同小沢茂、同岡林辰雄の上告趣意第一点について。

昭和二三年政令第二〇一号は憲法第二八条に違反するものでないことは、当裁判所の判例とするところであるから(昭和二四年(れ)第六八五号同二八年四月八日言渡大法廷判決〔集七巻四号七七五頁以下〕中弁護人森長英三郎の上告趣意第四点に対する判断参照)原判決には何ら所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

同第二点乃至第六点について。

昭和二〇年勅令第五四二号は日本国憲法にかかわりなく、同憲法施行後も、同憲法外において法的効力を有していたことは、当裁判所の判例とするところである(前記大法廷判決中、弁護人森長英三郎の上告趣意第二点に対する判断参照)。そして右勅令が憲法外において法的効力を有していた以上は、所論昭和二二年法律第七二号によって、その効力に消長を来すことはない。ただ右勅令第五四二号は、昭和二七年法律第八一号によって、平和条約発効の日から廃止されたけれども、本件の昭和二三年政令第二〇一号は、右勅令が法的効力を有していた間に右勅令に基いて適法に制定されたものであって、一旦適法に制定された法令は、その内容が憲法に違反しない限り、その後の法令により廃止されるまではその効力を失うものではない。もっとも本件政令第二〇一号については、国家公務員法の第一次改正法律(昭和二三年一二月三日法律第二二二号国家公務員法の一部を改正する法律)附則八条により「国家公務員に関し、その効力を失う」ものとされたけれども、同条はさらに右政令第二〇一号が「その効力を失う前になした同令第二条第一項の規定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による」ものとしているので、右政令第二〇一号の有効当時に行われた同令二条一項違反の行為に対しては、右政令の内容が憲法に違反しない限りは、今尚同令三条を適用して処罰すべきものである。そして右政令第二〇一号二条一項の規定が憲法二八条に違反しないことは前記第一点に説明したとおりであるし、その他憲法一八条、一九条、二一条、二五条にも違反しないことは当裁判所の判例とするところであって(前記大法廷判決中、弁護人森長英三郎の上告趣意第四点、第五点弁護人小沢茂の上告趣意第七点に対する判断参照)、右政令第二〇一号二条一項の規定する内容は何等憲法に違反するところはないのであるから、被告人等が右政令が効力を失う前にした本件違反行為に対しては、平和条約発効後の今日においてもなお右政令第二〇一号三条によって処罰すべきものである。

又所論連合国最高司令官の書簡は、同司令官の要求を表示したものであること、及び臨時応急的性格を有する本件政令第二〇一号において、とりあえず公務員の団体交渉権争議行為の禁止を規定し、国家公務員法の改正については別途の措置を講ずるものとしたとしても、本件政令第二〇一号が右最高司令官の要求に添わないものということはできないこと、並びに本件政令第二〇一号は右勅令に基き、右最高司令官の要求事項を、実施するため特に必要があって、制定されたもので、同勅令の要件を充たしたものであることも亦当裁判所の判例とするところである(前記大法廷判決中、弁護人森長英三郎の上告趣意第三点並びに同小沢茂の上告趣意第一点に対する各判断参照)。されば論旨はいずれも理由がない。

弁護人布施辰治の上告趣意について。

論旨はいずれも理由のないことは、弁護人青柳盛雄、同森長英三郎、同小沢茂、同岡林辰雄の上告趣意について述べたところよりおのずから明らかである。

次に職権により調査するに、原判決の確定した、判示第一の事実は、被告人等三名は、いずれも鉄道職員であったが、昭和二三年八月二九日福知山市所在鉄道青年寮で大阪鉄道局福知山機関助手梶村美津二外一〇数名の同機関区鉄道職員に対し、多数の鉄道職員共同して夫々職場を放棄し鉄道業務に支障を来たさせ多数の威力を以て公務員法改正に対する反対運動を展開しなくてはならぬとの趣旨を示唆慫慂し、さらに被告人臼井は同月三一日同寮で同機関区機関士阿部一郎に対し、右同趣旨の勧誘をなし、右梶村、阿部外一〇数名の機関士及び機関助手をしてその旨の決意をなさしめた結果、同人等をして共同して同年八月三一日頃から九月六日頃までの間に於て夫々無断欠勤することにより各自その職場を放棄し列車運行に関する計画にそごを来たさせたというのである。そして原判決は右事実につき被告人三名を一面国の業務たる鉄道の運営能率を阻害する争議行為をとらせたものとして昭和二三年政令第二〇一号三条の罪の教唆犯にあたると共に、他面大阪鉄道局福知山管理部長の管理する鉄道業務を妨害させたものとして刑法二三四条の業務妨害罪の教唆犯にあたるとして処断しているのである。しかし本件当時においては、国有鉄道の職員たる機関士、機関助手等は国家公務員であったのであるが、右の如き現業職員たる公務員等も旧労働組合法三条にいわゆる労働者として団結権、団体交渉権その他の団体行動をする権利を有するものとされていたのであるから、もし本件昭和二三年政令第二〇一号が制定施行されなかったとすれば、右鉄道職員が、右判示の如く何ら暴力等を用うることなく、単に同盟罷業として、多数共同してその職場を去りこれを放棄し、その結果国有鉄道の業務を妨害するに至ったとしても、それは正当な行為として何ら罪となることはないのである。しかるに昭和二三年七月三一日、本件昭和二三年政令第二〇一号が制定公布され即日施行され、公務員が「国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議行為」をすることを禁止し処罰することとしたため、本来ならば処罰されることのない前記の如き共同職場放棄が右政令の禁止する「国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議行為」にあたるものとして処罰されるに至ったのである。そして右の如き争議行為をすれば、その国又は公共団体の業務が妨害され又は妨害される虞のあることは言を俟たないところであるから、公務員が右の如き争議行為をなし、因って国又は地方公共団体の業務を現に妨害した場合であっても、その公務員に対しては、本件昭和二三年政令第二〇一号三条、二条一項だけを適用し処断すれば足るのであって、すなわち右政令第二〇一号は刑法二三四条に対する特別法と解すべく、更に刑法二三四条を適用処断すべきものではない。してみれば前記原判決判示第一の事実に対し原判決が右政令第二〇一号三条の外更に刑法二三四条を適用処断したのは誤であって原判決はこの点において破棄を免れない。

次に原判決判示第二の昭和二一年勅令第三一一号違反の罪は、原判決後昭和二七年政令第一一七号大赦令一条二三号により大赦があったので原判決はこの点においても破棄すべきものである。

よって、旧刑訴四四七条により、原判決を破棄し、同四四八条、四五五条に基き原判決の確定した事実を法律に照らすと、被告人等三名の原判示第一の所為は、昭和二三年政令第二〇一号三条、二条一項国家公務員法(昭和二三年法律第二二二号による改正のもの)附則八条二項刑法六一条に該当するから、所定刑中懲役刑を選択し、被告人等三名を各懲役五月に処し、いずれも刑法二五条に則り本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

なお、本件公訴事実中、被告人等三名の威力業務妨害罪教唆の点(原判決判示第一の事実のうち)は、罪とならないのであるが、右は前記昭和二三年政令第二〇一号違反罪の教唆犯と一個の行為で数個の罪名に触れるものとして起訴されているので特に主文において無罪の言渡をしない。又本件公訴事実中、原判決判示第二の事実は、犯罪後に大赦があったこと前記のとおりであるから旧刑訴三六三条三号により被告人佐藤及び同山口に対して免訴の言渡をする。

よって主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官栗山茂の弁護人青柳盛雄外三名の上告趣意第一点乃至第四点に対する意見、裁判官真野毅の国鉄職員の昭和二三年政令二〇一号違反の罪についての反対意見及び裁判官斎藤悠輔の右政令と刑法二三四条との関係に関する反対意見あるほか裁判官全員一致の意見である。

裁判官栗山茂の弁護人青柳盛雄外三名連名の上告趣意第一点乃至第四点に対する意見は前記大法廷判決記載のとおりである。

裁判官真野毅の原判決判示第一の罪に関する意見は次のとおりである。

多数意見は、原判決判示第一の事実に昭和二三年政令第二〇一号を適用処断しているが、国鉄職員の昭和二三年政令第二〇一号違反の罪については、犯罪後の法令により刑の廃止があったものと解すべきであること前記大法廷判決中において述べたわたくしの反対意見のとおりである。故に前記第一の罪については、免訴を言渡すべきものである。

裁判官斎藤悠輔の右政令二〇一号と刑法二三四条との関係に関する反対意見は次のとおりである。

およそ、或る法規が特別法であるとするには、その法規が、一般の人、所、又は事項等につき適用される法規(すなわち一般法)を排除して、特定の人、特定の所又は特定の事項等に限り適用される法規であることを要するものである。いま、昭和二三年政令二〇一号三条、二条一項の規定と刑法二三三条後段及び同二三四条の規定とを対比するに、前者が人、所又は事項等に関し後者の適用を排除して、同政令にいわゆる公務員が虚偽の風説を流布し又は偽計若しくは威力を用い、国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議手段をとり、その結果その業務を妨害した場合でも、前者のみを適用して右刑法所定の一般人に比し軽く処罰する趣旨の特別規定であると解することはできない。多数説の説くところは、右政令二〇一号の規定が旧労働組合法三条に対し特別法であるという説明にはなるかも知れないが、刑法二三三条後段又は同二三四条の規定に対し人、所又は事項等において特別法であるという説明には少しもならない。わたくしの見解では、一個の行為が右政令違反の構成要件と右刑法違反の構成要件とを充足するにおいては、いわゆる一個の行為にして数個の罪名に触れ重き刑法の刑を以て処断すべき場合であって、多数説のいうように右刑法の適用を排除して軽き右政令三条、二条一項だけを適用し処断すれば足りるものとは考えられない。

裁判官霜山精一、同井上登は退官につき評議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例